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【父母の声】(2011年秋 発行「後援会たよりNo.27」から)
■現実になった 「節電」 (超前卒業生の父)
 

【父母の声】(2011年春 発行「後援会たよりNo.26」から)
■テクノフェアinねやがわに参加して (情報工学科 2年父)
 


【父母の声】(2010年秋 発行「後援会たよりNo.25」から)
オープンキャンパス(寝屋川)に参加して (情報工学科2年 父)


【父母の声】(2010年春 発行「後援会たよりNo.24」から)
■大学祭の感想について (P学科 母)
■できるだけ辛抱して、ホットな生活を! (卒業生の父)
 
 
【父母の声】(2009年秋 発行「後援会たよりNo.23」から)
■「コンピューター組み込み技術の講演に参加して」 (G学科4年 父)
■昔の写真から出汁だしが出た? (卒業生の古父)
■仕事に打ち込む労働観 (卒業生の父)
 
 
【父母の声】(2009年春 発行「後援会たよりNo.22」から)
■迷信と環境 (M2 父)
■春が来た♪ 転機が来た? (卒業生の父)
 
 
【父母の声】(2008年秋 発行「後援会たよりNo.21」から)
■お世話になりました (大学院工学研究科 2年母)
■たのもしい裏切り (デジタルゲーム学科 3年母)
■物づくりが人々の感動を呼ぶ (応用化学科 3年父)
■どんどんみんなで大学へ行こう!! (情報工学科 2年母)
■語感とことば (大学院工学研究科 2年父)
 
 
 
【父母の声】(2011年秋 発行「後援会たよりNo.27」から)
 
現実になった 「節電」(超前卒業生の父)

 今年3月の大震災で全国にある原子力発電所の運転がクローズアップされました。これに伴い電力使用量の削減が叫ばれ、いろんな対策をされた方も少なくないようです。何らかの対策をされた方は、日ごろ何も考えずに電気を使っていたことに気が付いたと思います。
 私も及ばずながら節電に取り組んでみました。一例としてデスクトップパソコンをノートパソコンに、電気蚊取器を蚊取り線香に、テレビはワンセグに、電気ポットは1回ごとにやかんで、照明はLED化と調光の一番暗い方に、電話はコードレスを含め切り、トイレも全て手動で(拭くのも)、炊飯ジャーは炊飯だけに、洗濯機はため洗い、エアコンや扇風機を使わず団扇のみでパタパタ、冷蔵庫は回りを10cm離し中には仕切りを取り付け、またキャンドルの利用もありの原始生活?を体験してみました。
 先日もガス会社の方が来てガス点検をしてくれたのですが、「どうしてガス漏れ警報器を使っていないのですか」と聞かれたので「15%節電しています」と答えたら「安全のために使ってください」と叱責されたので「義務ですか」と質問したら何も言わずに帰っていきました。 たったの0.7Wの消費電力の警報器まで節電するのかと思うと、やけくそ節電かもしれません。結果的に昨年比の節電率は自主目標を達成(表参照)しましたが省エネには逆行していました。もちろん支出は確実に増え、電気が安いのに気がつきました。
 昨年末までは経費節減(省エネ)のためにアルカリ電池から充電式電池に取り替える対策をしました。ところが今年の節電になって、今は逆の方向に進んでおり、無駄な投資だったことになります。
 これまでに得たことは生活の視点が変わったことです。無駄は何をどう避けたら良いのか、 どうすれば効率的になるのかが分かるようになりました。しかし、緊急の場合は必要以上に物を買ってしまう傾向にあり、全体を見てトータルに判断する必要がありそうです。
 震災のとき衝動買いしたラーメンや水、缶詰め、電池、ローソクなどたくさん在庫ができ大変です。保険みたいなものでしょうが「適当」という言葉がやけに難しく感じました。
 これと同様、節電も現実に合わせてしなければならない気がしてきました。やりすぎて熱中症になっていたら元も子(元は元金、子は利子の意)もありませんから。



【父母の声】(2011年春 発行「後援会たよりNo.26」から)

 
テクノフェアinねやがわに参加して (情報工学科 2年父)

 今回が3回目の開催となるテクノフェアが11月7日 (日) に寝屋川キャンパスで開催されました。 当日は天気も良く、 参加者はZ号館で受付を済ませ各会場へスタートしていきました。
 Y号館では 「3色LED回路の製作」 実習が行われていました。 基板にLED、 抵抗などを半田付けし完成していくもので、 家族連れで熱心に作業に取り組んでいる姿が多く見られました。 他にも、 「船舶レーダーを操作しよう」 「見て、 さわって、 楽しむ数学」 などが行われていました。
 V号館1階では化学実験体験が行われていて、 多くの子供達が熱心に実験していました。
 実験内容は 「スーパーボールをつくろう」 「人工イクラをつくろう」 「ナイロンをつくろう」 「いろんな電池を見てみよう」 などで、 実験体験は予約が必要となるものもありました。
 Y号館前の中庭では 「Egg Drop Contest」 が開催されました。 コンテストはY号館4階から緩衝方法を工夫した作品を落下させ卵が割れなければ成功となります。 会場には出品者と見守る人たちが集まりコンテストの進行状況を見つめていました。
 J号館6階では電通大杯ヒト型レスキューロボットコンテスト2010が開催されていた。
これは操縦者1名がヒト型ロボットを遠隔操縦して 「トンネルくぐり」 「段差乗り越え」 「ガレキ除去」 「要救助者人形の搬送」 を行う競技です。 競技後のインタビューではロボットのモーション作りに苦労したとの話をされていました。
 最近の環境、 資源、 医療などの課題を解決していくには、 科学技術が必要とされます。 その意味でも、 将来を担っていく子供達と一般の多くの方に、 科学について関心をもって頂けたことは良かったです。 各会場では大学教職員、 スタッフの方々が参加者の受け入れをきちんとされていたので、 イベントがスムーズに進行していました。 大学が一般に開放されて、 多くの方に秋の楽しい一日を過ごして頂きありがとうございました。


【父母の声】(2010年秋 発行「後援会たよりNo.25」から)

オープンキャンパス(寝屋川)に参加して (情報工学科2年 父)

 7月25日 (日) に大阪電気通信大学の2010年度1回目オープンキャンパスが寝屋川・四條畷キャンパスで開催されました。 今回、 私は寝屋川キャンパスを見学しました。
 当日の天候は晴れ。 梅雨明け以降、 暑い日が続いていました。
 オープンキャンパスは午後に開催予定でF号館1階小ホールが総合受付となっている。
 12時過ぎには多数の高校生とご父母がF号館前とJ号館1階学生食堂に集まるようになりました。 参加者は総合受付でスケジュール表、 大学案内等を受け取り、 スタートしていきました。
 総合受付前のJ号館がメインの会場となっていて、 1階にはそのスケジュール表が掲示してありスタッフが来場者の質問にお答えしていました。 J号館1階ラウンジでは学科個別相談コーナー、 なんでも相談コーナー、 3階〜5階では学科紹介/AO入試説明が実施されていました。 また、 V、 Y号館には環境技術学科、 基礎理工学科の体験展示コーナーが設けてあり、 実験体験・学科紹介が積極的に行われていました。
 オープンキャンパスは高校生にとって自分の進路に関わる内容が多いため参加者の表情は真剣でした。 来場された皆さんは大学の学科、 入試、 キャンパス施設など知りたい事を、 たくさん準備して来られたことと思います。 その質問、 期待にお答えできるよう、 大学教職員、 スタッフの皆さんが親切に来場者に対応していました。
 暑い中、 多くの方に、 オープンキャンパスに参加していただき、 ありがとうございました。

 
【父母の声】(2010年春 発行「後援会たよりNo.24」から)
 
大学祭の感想について (P学科 母)
 
 昨年に引き続き大学祭のお手伝いをさせて頂きました。
 当日の天候は、強風のため校庭での模擬店のブルーシートが飛ばされたり壊れたりと慌しくなる一幕もありましたが、 学生達が皆で建て直しをしている姿や、朝にも関わらずラーメンの模擬店の学生から 「食べてって下さい」 と声を掛けられ昼休みに食べに行きますねと約束したりして、学生と話しが出来ました。 また違う模擬店では好きなデッサンのアンケートを記入し、可愛いしおりのお土産を2枚頂きました。 中庭でお餅も無料で配っていましたが、もう少しの所で品切れになり残念でした。 普段の大学での役員会とは違った雰囲気を味わう事ができてよかったです。 また学生の皆さんは何を尋ねても親切に説明してくれて優しい学生が多いと思いました。
 後援会の出し物はヨーヨー釣りとキャラクター釣りが増え、忙しかったですが、初めての試みにも関わらずトラブルも無く、今年は子供も多かったので付き添いの保護者の方も一緒の為、教室がいっぱいになり席も足らない状態で、帰られた方もいらっしゃいました。
今年は10時前から開店はまだですかと尋ねられ、慌てて急ピッチで開店の準備をし、近隣の方に情報がうまく伝わっていたのかなと思いました。
 生け花もですが、同じ子供が何度もヨーヨー釣りとキャラクター釣りをしているのを見かけ、担当の時も子供から何度もしたいと言われ大変困りました。
 昨年は校内や校門の所で呼び込みをしたりしましたが、今年は沢山の方に参加して頂けたので、出し物のヨーヨー釣りとキャラクター釣りを増やしたのはよかったと思います。
 
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できるだけ辛抱して、ホットな生活を! (卒業生の父)
 
 省エネとはどんなことをすればいいのか。 今はもう当たり前になったのですが、こまめに電気を消す。 電気製品を省エネタイプに変える。 自転車などを利用するなどです。
 そういえば思い出したのですが昨年の暮れ近所で、クリスマスのイルミネーションをガンガンつけて心の癒しにはなっているのでしょうが、お財布の方が冷やされているようなお宅がありました。 我が家では少し前にガス床暖房の工事をして暖かくなったと思っていたら、1ヶ月先には請求書を見てとっても寒くなりました。
 省エネとは 「ものを消費しないこと」 なのかも知れませんがご飯を食べないわけにもいけませんし、テレビも見ないわけにもいけません。 究極を言えば呼吸していることも二酸化炭素を出しているわけですから生きていることもできない。 何のために生まれてきたの、と言いたくなります。 「できるだけ」 という節度がないためこのようになるのです。
 昨年の夏は中盤暑かったので冷蔵庫の電気代がどれだけかかったか調べるために、積算電力計 (フリーマーケットで買いました) をつないで調べてみました。 7月末から8月末の1ヶ月間に76KWhでした。 ちなみに今年2月1ヶ月間は23KWhでした。 家全体では月平均140KWhくらい (老夫婦?2人暮らし+夏冬あまり差はない) ですから、夏はいかに冷蔵庫がたくさんの電気を消費していたかがよく分かります。 電気代は冷蔵庫の大きさにあまり関係しないようですが、いつもスカスカの我が家の冷蔵庫は缶ビールと氷作成がメインで、あとは食料らしきものが少々あるのみ。 ちょっと効率が良くないので改善の余地がありそうです。
 最近では太陽光発電がよく使われるようになってきました。 これも電気の買取価格が上がったためでしょうか。 設備投資にかなりかかりそうですが9〜10年で元が取れればいいのでしょう。 耐用年数の方は実績がないので分かりませんが、CO 2削減のためには大変良い取り組みだと思います。
 その昔、蛍光灯はこまめに消すのが良いのか、つけっぱなしのほうが良いのか、という論争がありました。 実証試験をしないと判断は難しいのでしょうが、今は不要なものは消すのが基本のようです。 蛍光灯より電気代の安いLED電球もありますが価格が高いのでなかなか取り替える気にはなりません。
 一方、太陽熱温水器もありますがあまり使われていないようです。 電車に乗っていると田んぼの合間の家では屋根の上に多く見るのですが密集地ではあまり見られません。 大きな場所が必要だからなのでしょうか。
 太陽には光や熱などクリーンなエネルギーを出しています。 この恵みを最大限利用し化石燃料に頼らない、自然と旨く付き合えるホットな生活をしたいものです。 快適ではないかもしれませんが後世のために 「できるだけ辛抱」 しましょう。
 
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【父母の声】(2009年秋 発行「後援会たよりNo.23」から)
 
「コンピューター組み込み技術の講演に参加して」 (G学科4年 父)
 
 7月4日に四條畷キャンパスで開催された、 ETxロボット2009 ETサマーセミナーの講演に参加しました。
 この催しは、携帯電話・炊飯器等々の日常のあらゆるところに使われているコンピュータの組み込み技術を、主に高校生を対象に紹介したり実際に触れてもらうというもので、本大学のメディアコンピュータシステム学科の教授が中心となり開催されました。
 会場には高校生ら約50名 (保護者約10名を含む) が熱心に講師の話に聞き入っていました。
 はじめに 「ETチュートリアルどこでも組み込みシステム」 と題して、携帯電話や地上波デジタル放送機器など身近に使われている組み込みシステムとその精度について紹介されました。 講師のHAL大阪長濱美保さんは、機械を分解するのが幼い頃から好きだったそうです。 分解と組み立ての楽しさを感じる講演でした。
 次に 「宇宙開発を支える組み込みコンピュータ技術」 と題して三菱電機 (株) 鎌倉製作所宇宙システム部井上禎一郎さんより、組み込みシステムを駆使して人工衛星を打ち上げた苦労話を交えながら、宇宙開発の組み込み技術を紹介されました。 また、井上さんは高校生らの皆さんに、例えば30年先にどうなりたいか目標を持ってほしい、そして目標が決まったら逆算して何年後までに何をすべきか計画を立ててほしいと訴えておられました。 もし私が30年若かったらな…と考えてしまいました。
 今回、最前線技術者の講演に参加しまして、技術者は苦しくても失敗を恐れず常に前向きに希望を持って取り組む強い意気込みに加え、人間味溢れる親しみ易さ兼ね備えておられると感じました。
 講演は午前中で終わって私は会場を出ましたが、午後から希望者が実際に組み込み技術に触れる企画が行われました。
 
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昔の写真から出汁だしが出た? (卒業生の古父)

 最近押し入れが窮屈でこれ以上詰め切れなくなったので、というよりちょっと湿気臭くなったのでたまりかねて一掃で整理をすることにしました。 手前からタオルの入ったダンボール、次に雑誌類、布団乾燥機、しばらく着ていない衣類、フロッピディスクなど、出るは出るは次から次へとゴミの山、利子がつくわけでもないのにこんなにたくさん溜め込んだものだ。 残念ながらへそくりなど金気のものは期待も空しくじゃみじゃみ。
 最後に出てきたのはもう存在意識のなかった写真のフィルムが100本以上紙の箱に入って見つかりました。 見ると20〜30年くらい前のフィルムで、12枚24枚36枚撮りの35 oの少し色あせたものです。 開けて見ると自分の結婚式や子供の小さいときのちょっとお茶目なものが多くありました。 その昔はこんなことしてたんや。 こんなところも行ったんや。 と顔のしわを伸ばしながら見入っていました。
 若かりし頃? の思い出が詰まったこの懐かしいフィルムをこのまま捨てるのはもったいないとデジタル化することにしました。 とは言ってもどのようにしたらいいのか分からないのでインターネットで調べてみました。 最近ではスキャナーも精度が良くなりフィルムもスキャンできるものが格安で販売されています。 しかも写真6枚のフィルム1本まとめてスキャンできるものです。
 早速買い求め作業を開始しました。 中にはシミが鼻の穴を塞いで呼吸困難状態になっているものや、額に付いて大仏さんになっているものなどのあり思わず噴いてしまうものもありました。 2週間以上かけてやっと取り込みが完了したのですが全体を見たら画像がバラバラで時系列が分かりません。 スキャンするときフィルム番号の順に撮っているのですが1本のフィルムをまたがったものが混じったものと思われます。 出来上がりはアルバムではなく資料だなと思いました。
 今はデジタルカメラを使っており現像や焼き増しなどする必要がなく経費もかからないので撮りたい放題にとっています。 不要ならいつでも消去できるので便利が良くなりました。 フィルム写真なら失敗しても経費がかかるので慎重に撮っていましたが今は思うままで便利になったものです。 これからは思い出の残る場面づくりを楽しむのも一手かなと思っております。
 
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仕事に打ち込む労働観 (卒業生の父)

 日本人の年間労働時間は、ドイツやフランスの1.5倍ほどもある。 残業が多く、有給休暇の取得も少ない。 仕事を沢山あてがわれて休めないという状況があり、労働時間制限等の法整備も遅れ、労働者の権利に無頓着な経営者もいる。
 しかし、もう一つ、外国と日本では労働観がかなり異なっていることも影響しているように思える。 外国では、労働は苦痛であると受け止められている。 根源にはアダムとイブの話に見るように労働は神から与えられた罰・苦痛であるとの考えがあるようだ。 そして、キリスト教とは異なる文化であるアジアその他の国でも、労働は義務や責任や使命であるというとらえ方であることには変わりがなさそうだ。 とくにヨーロッパで有給休暇を百パーセント取得するのも、家庭と家族を大切にして残業など殆どないのも、根底には労働は苦痛であるから、規定以上に強制してはならず、人間には自由な時間が必要だという社会的合意があり、しかも法的にも厳しく規制しているからだと思う。
 ところが、日本では、1日8時間労働という規制すら機能していない。 労使が合意すれば残業は、いくらでも可能になり、サービス残業は不払い労働であるから違法であるのに勇気ある社員が声をあげ、当局に摘発されなければ改善されない。
 その根底には、日本人の労働観があると思う。 ハケンとか期間工などの非正規雇用であっても、与えられた仕事に打ち込む。 もっと精巧に、もっと美しく、もっと滑らかに、もっと沢山、もっともっとと、のめり込み、工夫し、自主的に勉強していく。 日本人にとってはそんなことは特に珍しいことではないが、外国では歩合制にして報酬で釣れば少し効率があがるというような現象はあっても、日本のように、5個作っても10個作っても給料が同じであるのに、創意工夫で技を磨いていくようなことはないという。
 心理学者デシが学生が喜ぶ面白いパズルを解かせる実験をしている (1975年)。 何問かのパズルを与え、途中休憩 (自由時間) を入れるが、その時にも学生は、休憩しないでパズルに熱中している。 それはパズルを解くこと自体が面白いからだ。 ところが、途中で1問正解すれば1ドルの報酬をあたえるようにしたグループは、自由時間に休憩するようになった。 つまり、パズルが内発的動機から報酬という外的動機になったためにパズルを解くこと自体の楽しさがなくなったのだ。 日本人にとっては、仕事はデシの実験におけるパズルと同じような意味を持っていて、仕事に取り組むこと自体が生きがいであったり、追究する対象であったりして、その道を極める対象となっている。
 会社は、日本人の労働観に依拠して、従業員が仕事に打ち込める労働条件や給料を整備するとともに、だからといって働く人間にとって自由な時間が不要なわけではないのだから、スポーツや芸術や地域活動に従業員が参加できる時間を保障する社会的責任も自覚して欲しい。 特に若い従業員には仕事以外の自由も大切。 人間的にも経済的にも豊かな人間が増えることが、結局、社会と会社の利益になるのだから。
 
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【父母の声】(2009年春 発行「後援会たよりNo.22」から)
 
迷信と環境 (M2 父)
 
 わたしたちが生きている地球が、 異変を迎えている。 人間の産業活動によって温室効果ガスが大量に発生し、 地球温暖化が進行している。 温暖化論に対して、懐疑的な見解もあったが、今日では、科学的真理として受け容れざるをえないだろう。 人間社会の進行に伴って近代科学と産業活動が飛躍的に発展し、特に石炭や石油といった化石燃料の大量使用やフロンガスの使用が増大した結果であることも認めざるを得ない。
 今、地球的規模で問題となっている温暖化対策は、産業活動をどう方向転換するかの問題であると思うが、日常生活の面で気のつくことがある。
 わたしは、ある地方都市に生まれ育ったが、まちの中に祠と古い巨樹があった。 まちの整備のための道路を拡幅するために切り倒すことが必要だったらしいが、そんなことをすると祟りがあるという声が出て、切り倒すのをやめたと聞いた。 小学生の頃だったと思うが、迷信がまだ力を持っていてまちの整備一つまともに出来ないのかと子ども心にも不満に思ったものだ。
 しかし、まちの環境や景観を守るためには巨樹は残すべきだったのだ。 今なら、景観を守れ、環境を守れという声が上がっても、邪魔な樹を切り倒して道路を拡幅することの方が近代的だ、合理的だ、便利だ、大勢の利益に叶うのだ、と言って切り倒すのではないかと思う。 昔は科学と迷信の闘い、今は効率と環境の闘いと言えるのかも知れないが、人間と環境の関係を考えたとき、環境を守る力は、かつては迷信だったと思うのである。 迷信といったが、実は、信仰であると思う。 日本では、岩や山や滝が神様だった。 お正月も神様だった。 死んだ人も神様になる。 自分の周囲の全てが神様だった。 理論としてはおかしいのだが、そのお陰で自然が大切にされた。
 古くは織田信長の時代に始まり、特に江戸時代の末期から日本開国と絡んでヨーロッパ人が沢山来日しているが、日本のように美しい国は見たことがないと声を揃えて感嘆するほどであった。 いや、その後、その美しさは徐々に失われつつも長期間保たれてきた。 1960年代の東映時代劇に出てくる日本の山も海辺も川も確かに美しい。 今の日本の姿とはあまりにも異なると思う。
 経済大国ニッポンを作るために日本列島改造が進み、河川は三面張り、海岸は埋め立てやテトラポッド、山砂利取りや宅地造成のために山を削り、寺院の背景にはのっぽビル、夜になっても照明が明るくて星もまともに見えない・・・・となってくると、科学や技術とは何だったのかと疑問も生じる。
 つまり、いま、科学や技術は、人間にとって大切な人間らしさや自然環境とどう折り合いを付けて進むのかが問われている。 たとえば、破壊された自然を回復する科学も大切になってくる。 これからの科学・技術は深い考えのない人の手に委ねるととんでもないことになる。
 本学の先生方と学生のみなさんが、人類の滅亡でなく、発展に寄与してくださることを願っている。  
 
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春が来た♪ 転機が来た? (卒業生の父)
 
 今年は厄年!と言っても42歳ではなく61歳、還暦です。 知らぬ間にもうこんな歳になったのかと思うと何もしてこなかった自分自身に腹が立ってきます。 と同時に足腰の痛みが余計に沁みてきます。 そんなことばっかり考えていないで気分一新しようと、ありったけをはたき、マイホームのリフォームをしました。 財布は空になり目の前がブルーになりましたが、出来上がりを見ると心のリフォームにもなり効果絶大でした。
 厄払いはたくさんの神社やお寺にお参りすればよりご利益 (ごりやく) が受けられるのではないかと年初めから氏神様をはじめありとあらゆる思いつく所に行きました。 寒い時期なので家の中で籠っていても気分が晴れなかったからです。 お陰で気のせいかもしれませんが心に落ち着きができてきたようです。
 更に2月中旬には沖縄へ行って来ました。 恥ずかしながらこの年になって初めてです。 すごく暖かい日でしたのでレンタカーを借りて本島のほとんどを回りました。 本州では見かけない花が咲き乱れ、数多くの珍しいものが迎えてくれました。 中でも魔除のシーサーさんです。 顔の表情が豊かで見ていると癒されます (写真参考)。 ちなみに旅行費用の方は閑散期なので、これでも採算が合うのかと思うくらいでした。 あげくの果てにはパイナップルやタンカンなどたべ放題のところがあったのでヘルスメーターの針を気にしながら腹一杯いただきました。
 還暦を境にこれからの生活はどうなるのかと思うと憂鬱になります。 ちょっと大げさかもしれませんが、これを人生の区切りにし発想の転換をすれば楽しくもなるのではないかと思っております。 そのためには人のためになることができれば最高です。 準備として図書館へ行って本を読むのも知識が得られ、人との会話のきっかけにもなります。 また、里山へのハイキングも出会う人々との挨拶や会話も弾み見聞も広がります。
 思わずこれをきっかけに仕事の合間に遊ぶのではなく、遊びの中から仕事を見つければいいのではないかと極論ではありますが思うようになりました。 でも実践には躊躇しそうな気がしています。 早寝早起き、省エネ、節約など目標はほかにもたくさんありますので優先順序をきめ、この転機を乗り切っていきたいと思っております。
 
   春が来た♪ 転機が来た♪
        ここにー 来たー ♪
 
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【父母の声】(2008年秋 発行「後援会たよりNo.21」から)
 
お世話になりました (大学院工学研究科 2年母)
 
「入学式に来るなよ」 と、言われ始まった。大学と関わることはあるだろうかと懸念した。
でも、どんな大学なのか知りたい。
 2年時、総会に出かけた時、個人懇談とは違い気楽に先生と話すことができる立食懇親会があることに、驚きと楽しみを見つけた。
 学科ごとに、一つのテーブル、先生と父兄合わせて当時は6人程で密な懇親会、同じメンバーで2、3年続いた。その時いつも来ていた先生が、後々子供の研究室の先生になった。子供に 「余計なことを言うな」 と、言われていたのであまり話はしていないが、先生の話、意見、企業の種類、企業内容など就職について話が聴けた。先生はどうも子供の顔と私の顔、親子関係にあると一致していないようだったが。
 その懇親会の時にだけ会うお母さんとは、いつもよく話した。今年は、お互い子供の就職が決まったことを喜び合い、先生に一緒にお礼を言った。
 そのお母さんに 「卒業式に会いましょう」 と言ったが、「子供に、来るなと言われているから…」 どこも同じだ。
 私は、卒業式行きますよ。子供には、近づけませんが…
 いいですよ、おっさんになった子供よ、私も近づきません。往復3時間以上かかる学校に毎日通い、ほとんど夜も遅く泊まることもしばしばあった。そんな君に、心の中でカンパイしたいだけです。
 
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たのもしい裏切り (デジタルゲーム学科 3年母)
 
 息子が入学して、早や2年が過ぎました。一年生の時は、片道約3時間掛けて、ほとんど休むこともなく、通学していました。けれども、そのうち親の方がバテてしまい、又、友人たちとの交流も余り持てなかったので、二年生からは大学の近くのアパートに一人住まいをさせました。当初は、淋しくて5月の連休には帰ってくるだろうと軽く考えていたのも、あっさりうらぎられ、用事がある時以外は、こちらから連絡するまで、音沙汰もありません。本人は、通学時間に割かれていた時間を取り戻すかのように、好きなことをしているようです。
 それでも、根がまじめなのか、親が怖いのか、遅刻、欠席もほとんど無く、自己管理をしっかりし、大学生活を楽しんでいるのを見て、親が側にいるとつい過保護にしてしまいそうなのが、手が離れてみると意外にしっかりと生活をしていくものだと思いました。
 あと一年と少々、学生生活が残っていますが、好きで入ったこの大学に、後悔のない日々を送り、そしてこれから就職活動が始まり、社会人としての一歩を踏み出すときが近づいてきます。
 自立していくことを淋しく思いつつ、成長する姿を見守っていきたいと思います。
 
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物づくりが人々の感動を呼ぶ (応用化学科 3年父)
 
 写真は8月1日夜に、本大学に在学しています息子が撮影した 「PL花火芸術」 の花火の写真です。 (息子には、私が投稿することを了承済みです)
 私の実家から観た花火ですが、この日は両親宅へ姪が3人の子供連れで来るなど、兄弟家族が集うのが恒例のようになっています。 そしてそこで皆が近況なども語り合っています。 実家のご近所の方々も、やはり親戚が集ってとても賑やかでした。 みごとな花火が打ち上げられたときは、方々からどよめきのようなひときわ大きな歓声が聞こえてきます。
 新聞の報道によりますと、昨年よりおよそ1万人多い約17万人がこの日の光の祭典を楽しんだそうです。 私が知るところでは、奈良の天理の方から竹ノ内峠越しに観られてる方もおられるので、人数はもっと増えるかも知れませんね。
 さて、私が今回投稿したのは花火の感動をお伝えするためだけではございません。 花火は、それを作る花火師さんの創意工夫や関係者のみなさんの努力の結晶が人々の感動をよんでいる。 そんな物づくりのすばらしさをお伝えしたかったのです。
 息子が、大学にお世話になって早2年半になろうとしています。 私も同じに後援会の役員を続けさせていただいていますが、この間に学舎内の見学をはじめ学生の勉学の様子も多数みせていただきました。
 昨年は、寝屋川オープンキャンパスにホンダが制作した二足歩行ロボットのアシモ君が来訪しまして、ステージで色々と才能を披露しますと、どよめきや歓声が上がったようです。
 大学内に於いても医療や製造など様々なところで活躍するロボットの研究がされています。
 大学の福田理事長は、学生の入学式や後援会の総会でのご挨拶で、物作りの大切さや素晴らしさをいつも熱く語ってくださいますが、その熱い思いが学内に行き渡るように学生達は研究に打ち込んでいるように思います。 卒業してからも、きっと物作りの大切さや素晴らしさを胸に持って、人々を感動させるように社会で貢献してくれるものと思います。
 このような学生達をバックアップするため、私は微力ながら今後も頑張ることをお誓いするとともに、保護者のみなさまに於かれましてもお時間の許す限り、後援会活動にご参加くださいますようお願い申し上げまして、投稿とさせたいただきます。

 
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どんどんみんなで大学へ行こう!! (情報工学科 2年母)
 
 年に数回、親が大学へ通える日をご存知ですか?まず今年は5月のテクノフェア。 「数学者」 秋山仁先生の講演会を目当てに行きましたが、他にもイベント盛りだくさんで、子
供以上に私が子供に戻ったみたいに校内を走り回りました。 次に6月の総会。 総会後には、ワンフロアー学科ごとに分かれ先生方との懇親会。 遠い存在の先生に親近感を覚えたり、親同士、友だちになれたり。 11月には、大学祭があります。 大学祭は学生だけでなく、地域の方々も参加され、交流の場に変身します。 勿論、後援会 (保護者) のコーナーもありますので行ってみてください。 大電通大は、寝屋川・四條畷共に専門的な機械が設備されているので、男性も楽しめかつ、小さい子供たちも好奇心や視野が広がる場だと思います。  たよりや大学のホームページなどで情報のアンテナを張って、1回でも足を運んでみて下さい。 あまり話さなくなった我が子が 「こんな事をやっているんだ。」 と少し、自慢したくなるかも知れませんよ。
 
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語感とことば (大学院工学研究科 2年父)
 
 日本人は、虫の音や風の音を左の脳で言葉のように聞いているが、外国人にとって虫の鳴き声などは雑音でしかない、ということは随分以前から知っていた。
 しかし、なぜそうなのかは分からなかった。 つい最近、ある本 (黒川伊保子著 「日本語はなぜ美しいのか」) で、それは母音を主体とする言語で育つからだと指摘されていた。 自然音は、母音と音の性質が似ているという。
 今、知られている言語で、母音主体の言葉は日本語とポリネシア語 (ハワイ諸島などを含む) だけという。 圧倒的少数派の言語だ。 地球上のほとんどの言葉は、子音主体の言葉である。
 言葉は昔からそこに居住するひとびとの歴史やくらしと密接に結びついて使われている――のが当たり前という訳ではない。 他国に侵略されたり、民族大移動の経路上にあったために踏みつけにされたりして、その地域の気候や風土や人々の骨格や体力に合致していない言葉の使用を余儀なくされている地域もたくさんある。
 ことばは、語感と一体的なもので、日本語の朝 (アサ) はアという母音が連続する。 朝のまぶしい日の光とこれから一日がんばろうという気持ちが一体となった言葉だ。 一方、英語のモーニングは、いかにも英国らしい、曇って暗い朝の中でエム (M) の子音があって、お母さん (ママ) に通じるやさしさや包み込まれる感覚を生む。 日本と日本人にはアサ、英国と英国人にはモーニングという言葉が極めてふさわしい。
 そう言えば、もう二十年くらい前だろうか、様々の国の学生を対象にして、知らない外国語の発音を聞いて、どんな意味と思うかを調べた研究の記事が新聞に載っていた。 いちばん発音と意味が合致して受け止められたのが日本語だった。
 7月24日文化庁が発表した 「国語世論調査」 では、「憮然」 を腹を立てている様子の意味と誤って理解していた人が7割を超えていた。 でも、ブゼンという音は、不機嫌でむっつりしているという語感であって、辞書を引いて調べないと意味は分からない。 議論が煮詰まるの 「煮詰まる」 も、日常生活で鍋が煮詰まると水気が無くなって食べられなくなるというマイナスイメージがあるので、意見が出尽くして結論が明らかになると言うより、大切な水気が失われて食べることが出来なくなっている、つまり、結論が出ないで行き詰まっているという感じになる。 語感にぴったり来る言葉を平素、常用していると、語感に合わないことばに出合ったとき、誤って理解してしまう。
 米語が世界の共通語になっているが、もともと世界中から多様な人間が流入して形成された歴史の短い国の言語であって、常に自己主張をして、常に何かと闘うような、頑丈な体格で攻撃的な人には合致していても、神も仏も稲荷もクリスマスも地蔵盆も何でも受け容れて穏やかに暮らしている日本人には全く合致していない言葉である。
 そう言えば、外国映画を見ていても、女性の声が全く美しくないのが不思議だった。 それは子音中心の言葉だから、日本人にはどうしてもかすれた音の連続のように聞こえるからではないかと気づいた。
 また、国際的なスポーツなどで、日本は闘争心がないとしばしば言われるが、日本とはそういう地域なのであって、試合中に日本人を捨てるなら試合に勝てるかも知れないが、そうなると試合が終わってもその精神状態を引きずって、闘争心というような価値あるものを獲得する一方、人として大切な沢山のもののうち、別の価値あるものは捨ててしまうような気もする。
 もちろん、日本人の何パーセントかは、世界を相手に子音主体の言語をはきまくって何かを獲得することも必要かも知れない。 だが、国民みんなが闘士になれ、そうでない奴は落ちこぼれだ、自己責任だ、と決めつけられる社会は、決して人々を幸福にしないのではないだろうか。

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